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東京高等裁判所 昭和61年(行ス)21号 決定

抗告人(原告) 寺本昌雄 外七名

相手方(被告) 群馬県知事

主文

原決定を取り消す。

前橋地方裁判所昭和六〇年(行ウ)第一〇号許可処分取消請求事件の被告群馬県知事を群馬県中之条土木事務所長に変更することを許可する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、主文と同旨であり、抗告の理由は別紙のとおりであつて、要するに、抗告人らが本件訴えについて被告を誤つたことにつき、故意又は重大な過失はなかつたというにある。

二  記録によれば、抗告人らは、昭和六〇年一二月五日、群馬県知事を被告として、同知事が訴外株式会社ホテル源泉に対し、昭和五九年一二月二六日付でした急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下「急傾斜地崩壊災害防止法」という。)七条一項による許可処分及び昭和六〇年一一月三〇日付でした右許可処分の更新許可処分(以下これらを総称して「本件許可処分」という。)の各取消しを求める訴え(主文第二項掲記の事件、以下「本件訴え」という。)を前橋地方裁判所に提起したこと、急傾斜地崩壊災害防止法七条によれば、同条第一項に掲げる行為をするについての許可、不許可の権限は都道府県知事に属する旨規定されているが、群馬県においては、地方自治法一五三条一項の規定に基づき、昭和五九年三月三一日公布の群馬県事務委任規則の一部を改正する規則により改正された群馬県事務委任規則三条別表二により、同年四月一日以降右許可処分の権限を土木事務所長に委任し、同改正規則は、同年三月三一日付の群馬県報(号外二一号)に登載されたこと、本件許可処分は右権限の委任に基づき群馬県中之条土木所長がしたものであることが認められる。

三1  よつて検討するに、本件訴えの被告適格を有する者は中之条土木事務所長であり、本件訴えは被告を誤つたものと認められることは、原決定がその理由中(原決定三枚目裏一行目の「このように」から一〇行目まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。

2  そこで、抗告人らが、本件訴えにおいて被告とすべき者を誤つたことが同人らの故意又は重大な過失によるものであるか否かの点につき検討する。

(一)  記録によれば、本件許可処分は、本件訴えの参加申立人である訴外株式会社ホテル源泉らが、急傾斜地崩壊災害防止法の規定により急傾斜地崩壊危険区域の指定を受けている区域内でホテル兼共同住宅(リゾートマンシヨン)の新築をするために得たものであるが、その建設予定地近くに居住し、工事による崩壊の危険性を強く指摘する抗告人黒岩美喜、同薄井和男及びもと本訴原告で既に訴えを取り下げた中村重雄らが、昭和六〇年三月六日右許可処分についての交渉ないし陳情のため群馬県庁を訪れた際、県砂防課砂防係長白銀雄は、同人らに対し、「当該許可行為については、その権限を中之条土木事務所長に委譲しているので、関係書類も来ておらず、砂防課では内容がわからないから、土木事務所で聞いて欲しい」旨答えたこと、同年六月三日前記の中村重雄は、中之条土木事務所において、本件許可処分のうち、昭和五九年一二月二六日付許可についての許可書を閲覧したが、その際処分行政庁がどうなつているかに注意を払わずメモもとらなかつたこと、また、同年四月六日中村重雄は、本件急傾斜地の直下にあたる群馬県草津町大字草津四六九の一一〇番の土地外一筆の土地に店舗兼住宅を建築するため急傾斜地崩壊災害防止法七条一項に基づく許可の申請を群馬県知事宛になし、同月二一日付でその許可書の交付を受けたが、右許可は中之条土木事務所長小島寛二名でなされていることが認められる。

(二)  しかし、法律の知識や行政の組織に疎く、もとより講学上の権限の委任と専決・代決(補助執行)の区別も知らないと思われる抗告人らや中村重雄が、前示のような県職員の説明や許可書の閲覧あるいは交付された許可書の記載だけから、本件許可処分をなす権限は群馬県知事にはなく、中之条土木事務所長のみにあることを正確に理解し得たか否かは極めて疑わしく、特に当時は同人らの主要な関心事は法律的な許認可権の所在でなく、交渉ないしは陳情すべき相手が誰であるかにあつたと思われるから、同人らとしては県職員の説明を聞いても、急傾斜地崩壊災害防止法七条一項による許可に関する実際の担当者は土木事務所長であるが、形式的には県知事が処分権者である、あるいは土木事務所長に権限は委譲されているが、最終的な権限は県知事に留保されていると考えるのも無理からぬところである(もつとも、乙第八号証(昭和六〇年四月一五日開催の草津町土地開発事業審議会議事録の写し)中には、前記県庁砂防課に対する交渉に参加した中沢晁三は、交渉の後に開催された前記審議会において「この認許可は土木出張所長さんですが」と発言した旨の記載があるが、同審議会における同人の他の発言を併せ考えると、同人は、本件許可処分権者が県知事ではなく土木事務所長であることを明確に認識していたわけではなく、県の下部機関としての土木出張所の名前でなされているが、最終的には県当局の責任においてなされたという認識であつたと解するのが相当であつて、右記載をもつてしても、前記認定を覆すに足りない。)。

しかして、許可権限の所在についての抗告人らの知識又は認識が右の程度のものであつたとすれば、前記中村重雄は前記許可書の閲覧に際し、処分権者について特に注意を払うこともなく、その結果本件訴えの提起のため抗告人ら代理人らに訴訟委任する際においても、本件許可処分の処分行政庁が中之条土木事務所長である旨を告げたり、自ら交付を受けた前記許可書を示したりすることはなかつたであろうこと、抗告人らにおいてもまた同様であつたこと、本件許可書を直接閲覧していない抗告人ら代理人も、格別抗告人らに対し、この点を問い質すことをしなかつたであろうことは容易に推認される。

(三)  行政機関がその権限の一部を他の行政機関に委任し、これを受任機関の責任と権限において行わせる(権限の委任をする)ためには、法の明文の根拠を必要とし、当該委任の根拠規定は原権限を委任庁に付与する法律自体に置かれるのが通例であるが、地方自治法一五三条一項はその例外をなすものであつて、この場合には都道府県知事が地方自治法以外の法律の規定によりその権限に属するものとされた事務の一部を同項の規定に基づいて当該都道府県の吏員に委任しているかどうかは、当該法律自体に権限の委任の根拠規定が存する場合と異なり、当該都道府県の行政に通暁している場合を除き、法律専門家といえどもたやすく知り得ないところである。しかも、本件の場合には、抗告人らは本件許可処分の名宛人ではなく、処分行政庁を直接知り得ない立場にあるから、同人らから訴訟委任を受けた抗告人ら代理人が本件訴えを提起するに際し、格別抗告人らに対し処分権者の点について質すこともなく、また関係行政庁に問い合わせることをしなくとも、本件許可処分の根拠法規たる急傾斜地崩壊災害防止法の規定を調べればいちおうの義務は果たしたといえるのであつて、その規定のみによつて本件許可処分の処分行政庁を群馬県知事であると判断し、群馬県事務規則を調べたり、関係行政庁に問い合わせることをしないままこれを被告として本件訴えを提起したからといつて軽率に過ぎるとはいい得ない。

そうすると、本件訴えの原告である抗告人らが本件訴えにつき被告とすべき者を誤つたことについては、故意又は重大な過失はないものといわなければならない。

四  以上の次第で、本件訴えにつき被告の変更の許可を求める抗告人らの申立ては理由があり、これを棄却した原決定は不当であるので、これを取り消して抗告人らの申立てを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 村岡二郎 宇佐見隆男 鈴木敏之)

(別紙)

抗告の理由

原決定は行政事件訴訟法(以下行訴法という)第一五条一項の解釈を誤つたものである。

1 原決定は、元原告中村重雄が処分について閲覧していたこと、同人が本件処分と同種の許可を得ていたことをもつて、原告代理人らが本訴提起に際し本件処分の処分権者が中之条土木事務所長であつたことを知つていたか、これを知ることは極めて容易であつたものと判断し、被告とすべき者を誤つたことに重大な過失があつたとしている。

2 しかし、本件において許可の申請書が群馬県知事を名宛人としていながらそのまま受理されていることは被告も認めている。

また本件許可処分についてはコピーをさせなかつたことも被告の認めるところである。

原告ら代理人は、〈1〉急傾斜地法中では処分権者は県知事とされていること、〈2〉従前他県で取り扱つた同程事例において県知事が処分権者であつたことに加え、事前に入手できた書類が申請書の写しだけであり、そこに名宛人が県知事となつているうえに、知りえた文書番号も群馬県指令となつていて前記認識と合致したため処分権者を県知事と考えたものである。

3 通常行政処分において、申請名宛人と許可権限者が異なることはない(仮にあれば適法な申請行為がないことになる)のであるから、入手しえた資料が限定されている中で申請名宛人を処分権者とした原告ら代理人の判断はやむを得ないものであり、かつ被告の不適法な受理行為によつて招来されたというべきであつてこれをもつて重過失とはとうていいえぬものである。

4 なお、原決定は元原告中村重雄が自宅につき同種の許可処分を受けていたこと、本件許可処分を現実に閲覧していることを重視しているが、前述のように原告ら代理人が処分権者を県知事と判断した点に重過失がないとすれば、それ以上調査することは考えられないし、元原告中村も本件処分は県知事によつてなされたと考えていたのであり(同人に対する許可もまた県知事宛で受理されている)ことさら本件とは関係のない自宅の許可について言及することは、まつたく期待できないことである。

5 また同人が閲覧したのは、前述のような情況の中で処分の内容等を明確にするためであつて、処分権者について何ら疑問を有していなかつた状況で行政法の明確な知識を有しない同人が処分権者が土木事務所長であることに気付かないのが当然でありいずれにしても、とうてい重過失とはいえない。

(許可書類上も審査請求等の裁決書等は形式上処分権者が判明しやすいが、本件においては土木事務所長というのは単に大きな文字で押印されているにすぎず許可権者と明示されていない)

6 なお、原審で抗告人らが引用した判例(神戸地方裁判所昭和五三年(行ク)第七号・昭和五三年七月三日決定・行政裁判例集二九巻七号一二四七頁)は、当初より代理人がついており、原告に対し処分庁の記載のある納入通知書が送付されており、権限の委任についても実定法規に対応する県税条例中において規定していたという、本件よりもはるかに処分庁を知りやすいと考えられる事案につき、被告の変更を認めており、この判例と対比しても原決定の判断は明らかに行訴法一五条一項の重過失の判断を誤つたものである。

7 行訴法一五条一項は「重過失の有無」のみを要件としているが、元被告と変更後の被告の実質的同一性の有無は、変更による被告の不利益として考慮すべきであろうが、本件においては同一行政組織の上下関係にあり、県知事宛に出された申請書を土木事務所長が受理しているという被告らの内部的対応に照らしても、被告らにおいては被告変更が認められても何ら不利益は生じないはずである。

このような事情の下で被告の変更を認めず、原告らに、実質判断を受ける機会を失わしめるとしたら、行訴法一五条一項はその存在意義を失うものといえよう。

よつて、すみやかに原決定を取消し被告の変更を認められたく本抗告に及ぶ。

原審決定の主文及び理由

主文

本件申立を却下する。

理由

一 申立の趣旨

当庁昭和六〇年(行ウ)第一〇号許可処分取消請求事件の被告群馬県知事を被告中之条土木事務所長に変更することを許可する。

二 申立の理由

1 申立人らは、昭和六〇年一二月五日、群馬県知事を被告として、同知事が申立外株式会社ホテル源泉に対し、昭和五九年一二月二六日付でなした急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下「急傾斜地崩壊防止法」という。)七条一項による許可処分及び昭和六〇年一一月三〇日付でなした右許可処分の更新許可処分(以下、これら二つの処分を「本件許可処分」という。)の各取消しを求める訴え(当庁昭和六〇年(行ウ)第一〇号許可処分取消請求事件、以下「本件訴え」という。)を提起した。

2 急傾斜地崩壊防止法七条一項による許可処分の権限は、群馬県事務委任規則の改正により、群馬県知事から土木事務所長に委任された結果、本件許可処分の取消訴訟においては、その被告を中之条土木事務所長とすべきところ、申立人はこれを誤り、群馬県知事を被告として本件訴えを提起したのであるが、申立人らが被告とすべき者を誤つたについては故意又は重大な過失によらなかつたものであるので、行政事件訴訟法一五条一項により、本件訴えの被告群馬県知事を被告中之条土木事務所長に変更することを許可する旨の決定を求める。

三 当裁判所の判断

1 本件記録によれば、申立の理由1の事実は明らかである。

2 次に、急傾斜地崩壊防止法七条によれば、同条一項に規定する許可処分は都道府県知事の権限に属する旨規定されているところ、本件記録によれば、群馬県においては、右許可処分の権限は、群馬県事務委任規則三条別表二により、群馬県知事から土木事務所長に委任されており、本件許可処分もこれを受けて中之条土木事務所長がなしたものであることが認められる。ところで、このように行政庁相互の間において、いわゆる権限の委任がなされ、委任を受けた行政庁が委任された権限に基づいて行政処分を行う場合には、委任を受けた行政庁はその処分を自己の行為としてするものであるから、その処分の取消しを求める訴えは、右委任を受けた行政庁を被告として提起すべきものであると解される(最高裁判所昭和五四年七月二〇日第二小法廷判決判例時報九四三号四六頁参照)。従つて、本件訴えの被告適格を有するものは中之条土木事務所長であるというべく、被告を群馬県知事として提起した本件訴えは被告を誤つたものである。

3 そこで次に、申立人らが本件訴えにおいて被告を誤つたことにつき、行政事件訴訟法一五条一項にいう故意又は重大な過失がなかつたか否かについて検討する。

本件記録によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 急傾斜地崩壊防止法七条一項は、同項に定める行為に対する許可の主体を「都道府県知事」とのみ定めるが、地方自治法一五三条一項は、普通地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を当該普通地方公共団体の吏員に委任することができる旨規定する。そして、群馬県においては、右地方自治法の規定を受けて、群馬県事務委任規則(昭和四三年規則七二号)により知事の権限に属する事務の委任に関し必要な事項を定めているところ、同規則は、群馬県事務委任規則の一部を改正する規則(昭和五九年規則四六号、同年四月一日施行)によつて、それまで群馬県知事の権限とされていた急傾斜地崩壊防止法七条一項の許可を土木事務所長に委任する旨、改められ、右改正は昭和五九年三月三一日付の群馬県報(号外二一号)に登載された。

〈2〉 申立人らが本件訴えにおいて取消しを求めている本件許可処分は、中之条土木事務所長から申立外株式会社ホテル源泉に対してなされたものであつて、申立人らは当該行政処分の相手方ではない。

〈3〉 昭和六〇年三月六日、申立人黒岩美喜、同薄井和男は、申立外中村重雄(同人は申立人らとともに本件訴えを提起したが、本件被告変更の申立てが行われた後、本件訴えを取下げている。)らとともに群馬県庁を訪れて県砂防課砂防係長白銀雄に面接して本件許可処分(ただし、昭和五九年一二月二六日付のもの)について説明を求め、その際、同係長から右許可処分は中之条土木事務所が担当している旨の説明を受けた。

〈4〉 同年四月六日、申立外中村重雄は、本件急傾斜地の直下にあたる草津町大字草津四六九の一〇番地外一筆の土地に店舗兼住宅を建築するため急傾斜地崩壊防止法七条一項に基づく許可の申請をし、同月二一日付にてこれを許可する旨の許可書の交付を受けたが、同書面には、処分権者として中之条土木事務所長小島寛二の記載がある。

〈5〉 同年六月三日、申立外中村重雄は、中之条土木事務所において、本件許可処分のうち昭和五九年一二月二六日付許可についての許可書を閲覧した。

右の事実によれば、申立人らとともに本件訴えを提起した中村重雄は、本件許可処分と同様の許可処分を既に受けて中之条土木事務所長名義の許可書を交付されていた上、本件許可処分のうち、昭和五九年一二月二六日付許可の許可書を現実に閲覧していたものであるから、本件許可処分の処分行政庁は中之条土木事務所長であることを認識していたものと認められ、本件訴えが申立人らと共に右中村から委任を受けた弁護士である申立人代理人らを訴訟代理人として提起されたことに鑑みれば、申立人ら全員について、本件訴えを提起するに際し、本件許可処分の処分権者が中之条土木事務所長であることを知っていたか、これを知ることは極めて容易であったものと思料され、本件訴えにおいてその被告とすべき者を誤つたことについては故意又は重大な過失があるものといわなければならない(なお、右中村は、前記のとおり本件訴えを取下げたため、本件の申立人となっていないけれども、このことによつて右の判断が左右されるものではない。)。なるほど、申立人らはその取消しを求める本件許可処分の相手方ではなく、その許可書の交付は受けなかつたものであること、急傾斜地崩壊防止法七条には許可主体は都道府県知事とのみ記載されており、右法文からは本件許可処分の処分行政庁を知ることはできないこと、本件許可処分については、行政庁相互の間で権限の委任があり、処分行政庁に変更があつたのは本件許可処分に比較的接近した時期に県条例が改正されたことに伴うもので、外部から右変更を認識するにはある程度の調査が要求されるものであること、などの事情があることは当裁判所もこれを認めるにやぶさかではないけれども、かかる事情をもつてしても、右の判断を変更することはできない。

4 よつて、本件申立ては理由がないので、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

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